同じ得点でも個人個人によって意味が違うことが多い

ただしこちらの勝手な考えなので、あまり深くは受け取らないようにしてください。

普通の場合、50点以上60点以下と聞くと、50点なら「半分取れた」か「半分しか取れていない」、60点なら「半分は超えた」というように客観的には評価するでしょうし、それで間違いはないです。しかし私はその生徒のそこまでの行動をどうしても加味したくなるのです。

例えば中学2年生の中間テストやら期末テストなどの定期テストで、50点取った人がいるとします。しかしその人が中学1年生時には、見事に50点未満、もっとありていに言えば20点~30点代だったのなら、元が20点なら2倍以上、30点で1.5倍以上も得点が増えたことになります。これはすごいことです!

逆に元が80点だった人が50点になったら、戦力半減近くになって、なにやってんだ、だめでしょう~となります。原因はいくらでもあるでしょうが、どっちにしても「怠けている」と評価されます。ちなみに本当の戦争では、10%の損害で「大負け」の評価が下ります。

ここまでは一般論。「特に褒めて良い場合」もある

最近よく見かけるのが、中学入学の初期値が20点~30点代、あるいは50点近くでも、ぐらぐらの50点前後の人です。「ぐらぐら」とは得点の様子が「行き当たりばったり」、あるいは「本当の基礎的な問題は不正解で、なぜかまぐれで中ぐらいの難易度の問題を解答して点数を取る」様相の人たちです。

このような人たちは、小学校でいい加減な学習しかしていなかったことが最大の原因です。「いい加減」の判断基準は、小学校の算数のテストで大体毎回70点以下だった、と乱暴に結論しても良いでしょう。ちょっと言い過ぎでつらいですけど。

一般的な公立、特に市立小学校のテストは単元ごとのまとめテストだから、「記憶や手順の定着練習」という一番必要で大事なプロセスを踏まなくても、70点ぐらいならあやふやな記憶でもなんとかなります。でもその体制・姿勢のままでは、中学校の勉強では全く通用しません。そして数学だけではなく、最近の中学英語現場の大混乱は、このままでは収拾がつかなくなっていきそうです。

英語好きの小学生が減少、中学生は成績が二極化の傾向 その原因は?

先生の英語がわからない…英語嫌いを増やすだけの「日本人教師に英語での授業を求める」という中学校の大混乱

学校は「点数を上げる」のには向いていない空間

現在の小学校では、集団行動の仕方や、社会性を養うことが一番重要視されていて、科目の問題解法を研究する・習得することは二の次です。学校と言う施設の特性上、これは間違いではないです。ですからあまり「勉強ができない人」はとにかく学校に来てくれてさえすれば良い、という風潮があるように感じます。

その証拠に、言葉も「寄り添う」が現在では盛んです。これはそうして欲しい人が増えたから、の需要と供給の関係から来ていて、その原因は「自分に厳しくて強い人」が減ったからかな、と推測しています。もっとも「強い」の定義には色々ありますけど。

で、ここが判断のしどころ、関所であり、難所=切所なんですが、そういう子供をどうやって親や保護者は、中学校に対応できるように導けば良いのでしょうか?

子供だけに期待するのはかなり無理がある

もちろん、その子供が自分で自分を改造して、積極的で、自分に厳しい新しい自分になってくれれば良いのは言うまでもないです。しかし小学校という「ぬるま湯」に6年間どっぷり浸っていたのに、急にそんな厳しいことができるようになるんでしょうか? 大いに疑問です。そして親や保護者の方たちが、迷っているうちに、どんどん時間は過ぎていきます。やはりここは他人=プロに頼った方が話が早いでしょう。

そして然るべき良い指導者に巡り合ったとしても、まだ気は抜けません。むしろ始まったばかりです。とにかく6年分の「精進」がすっぽり抜け落ちているのですから、学習時間の確保、学習姿勢と環境の構築、同時に精神的な成長、例えば忘れ物をしないとか、文房具などの整備整理整頓など、中学1年生が学ぶべき、身に着けるべきことは、それこそ山どころか山脈一個分ぐらいあります。このブログでも再三再四取り上げましたが、もし時間があれば読んでみてください。

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持ち物もアップデートしよう
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それでなくても忙しい中学生活、勉強だけやっているわけには行かず、体力増強のため部活にも頑張らなければなりません。つまりほぼすべての場合において、中学1年生の間は、あまり点数はアップしないことは覚悟してやっていくことになります。ここは、PC作業で言うなら「必要なファイルがインストールされていない」状態から「すべてのファイルを最新版にバージョンアップする」時間帯です。これが布石です。

悪戦苦闘の後の50点ならば

そうやって悪戦苦闘して、ようやっと50点になった人も当方はたくさん見ましたし、途中で投げ出す=退塾していった人も少しは見ました。だから出遅れてしまった人が中学2年生になって、ようやっと50点取った時には、まさに称賛に値するわけです。見ているこちらも感動するぐらい、そういう人の50点以上60点以下は本当に価値があります。いやホントに大変なんです。

この重要プロセスを様々な事情から、中学1年で残念にも、見事にもはずしてしまい、中学2年生で「精進のし直し」が始まったらどうなるか、想像するのは簡単だと思います。1年遅れているわけですから、中学3年生でようやっと「中身」が中学2年生になります。少なくとも、公立上位学校はまず無理で、ようやっと中堅の公立高校か、この周辺、阪急沿線で少しは名の通った私立単願・専願が精一杯です。もちろんそれでもすごいことです。このようにラッキーにも間に合う人もいましたが、アンラッキーなことに間に合わない人もいました。

時間を失うのが一番痛い

本当に残念なのはお金ではありません。今、あまり勉強ができない子供さんでも、もしかしたら本人には卓越した商売の才能があって、費やしたお金の後ろにゼロを2つ付けて、親や保護者の方にリターンしてくれる可能性もあります。あるいは親や保護者の方が年を取られた時に、面倒を熱心に見てくれるかもしれません。

ですが、時期を逸した、つまり失った時間は帰ってこないのです。この現実世界では、時間はどこのお店にも売っていないのです。ここが本当に残念なことなのです。

表面の「50点以上60点以下」と観察するのではなく、どのような道を辿って、そこにたどり着いたか?そこが大切です。