歌の巨人でキィーパーソンでもある

人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

[現代和訳]
さて、あなたの心は昔のままであるかどうか分かりません。しかし馴染み深いこの里では、花は昔のままの香りで美しく咲きにおっているではありませんか。同じように、あなたの心も昔のままですよね?

[作者生没年・出典]
生年868年 没年945年 古今集の撰者 巻一 春上 42 三十六歌仙の一人

[人物紹介と歴史的背景]
紀貫之は勅撰和歌集に合計443首入選している、まさにプロ中のプロ詩人で、化け物と言っても良いだろう。和歌に関しては彼こそ「歌聖」ではないだろうか。著作としては歌集の他に「土左日記」の作者でもあるし、作者不明の「竹取物語」の作者ではないか、あるいは少なくとも成立には関与しただろう、とも言われている。

古今集の撰者として活躍

彼は自分が編集した古今集の「仮名序」の中で
「やまと歌は人の心を種としてよろずの言の葉となれりける。…力をいれずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思わせ…なぐさめるものは歌なり」

と「言葉に力がある」と言い切っているぐらいの「言霊主義者」だ。そのため、歌がうまいというだけでなく、彼は大切な場面で詠む歌の代作も頼まれることが多く、もちろん収入も得ていたが、彼の歌のおかげで物事がうまく進んだ、というエピソードも多い。

もっとも江戸時代になると、地震の多い江戸に住んでいた「宿屋飯盛」という狂歌師は、

歌よみは 下手こそよけれ 天地の動き出いだしては たまるものか

と詠んで、紀貫之をからかっている。「宿屋飯盛」は、江戸時代後期の国学者石川雅望(いしかわまさもち1753年~1830年)のことだ。

いつの時代でもモテモテの紀貫之が選び「君が代」の元になった歌

わが君は 千代に八千代に さざれ石の いはほとなりて 苔のむすまで (賀 343番)

ただし「詠み人知らず」で収録されている。
元々この歌は、バースデイソングで「これからも長生きしてね、おばあちゃん!」ぐらいノリで使われ、歌われていたもので、自然に人口に膾炙していたから、国歌に採用された、と表面のエピソードは伝えている。

実は製鉄のことだった

ただし裏には製鉄関係の意味があって、「さざれ石」は鉄分を多く含んだ砂鉄=磁鉄鉱(Fe3O4)の結晶だ。鉄をたくさん手に入れることで、農機具が改良されて頑丈になり、収穫が増え、そして人口が増える。同時に武器も作れて、戦いに強くなる=国が強くなる。つまり鉄こそ「富国強兵」への重要資源だった。

製鉄段階で必要な「たたら」を数えるのには「一代、二代」の単位も付く。「いはお」は「岩」でもあるが、「いはおう」=祝うの意味もある。その鉄を大王=天皇が何代も何代も永遠に=千代に八千代に手に入れることができますように、の願いが歌に読み込まれていると解釈されている。

鉄の事まで詠み込むのは並みの腕ではない

このように和歌には上辺の意味を取るだけでは、とうてい解読できない深いものがあり、たった31文字に二重三重の意味を詠み込める腕は並大抵のものではない。だから選んだのではなく、自作ではないかと私は疑っているが、畏れ多いから「詠み人知らず」としたのかもしれない。

古くは藤原定家や家隆、近くは正岡子規や石川啄木、現代では俵万智など、多くの歌人が、無意識的・意識的に紀貫之を目標として努力している。そんな貫之を超える人が現れたら、「君が代」に代わる国歌を作ってもらってもいいが、そんな人が出現すること自体が無理だろうな~と思ってもいる。そういう意味では「君が代」を国歌でなくすのは、まず不可能ではないだろうか。