素性法師 (そせいほうし)は僧正遍照の息子

今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるか

[現代和訳]
「今すぐに来ます」とあなたがおっしゃったので、その名の通り「長い月」の長い夜を待っていましたが、とうとう有明の月が出る頃を迎えてしまいました。

[作者生没年・出典]
生年は858年で没年は923年。古今集 巻十四 恋四 691三十六歌仙の一人。

[人物紹介と歴史的背景]
本名は良岑玄利(はるとし)で、12番で紹介した僧正遍昭の息子で、書家でもある。

やはり惟喬親王と親交が深い

僧正遍昭や在原業平が推挙していた惟喬親王は出家して「素覚法師(そかくほうし)」と名乗っていたから、結びつきの強さがわかるだろう。この時代は「通い婚」と言って男性が女性の家に通うのが通常の形だったので、色恋の場面で家で待っているのは基本的に女性になる。よって「今来む」と言われた相手は女性だから、男である素性法師は、女性の立場からこの歌を作ったことになる。何日待ったのか?で各説ある。

自由人の側面が大きい

この人は抹香臭いお坊さんというより、結構自由に生きた人で、花見に行こうと誘われると、喜んで行くし、歌会をやろうと言われれば、即答で出席を決める、という人だった。ほとんど現代の大学生か高校生のノリである。「オレ仏教心はあまりないんだよな~」と告白的な歌がこれ。

いづくにか 世をばいとはん心こそ 野にも山にも迷ふべらなれ

また古今集で彼の歌は春についてのものが一番多い。その中でもこの2首が有名だ

見てのみや 人に語らむ 桜花 手ごとに降りて 家づとにせむ

見渡せば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける

ただし現在では桜の枝は折ってはいけません。重大なマナー違反です。それとお酒ばかり呑まずに、ちゃん桜を見て、一首ぐらい作って初めて「日本人」ではないのかな、と私なんかは思うが、「外国人がまたマナー違反を~」と言っている場合ではない。

また2首目は、定家自身もものすごく気に入って、例の「三夕の歌」の本歌取りだ、と言われているし、この歌を下敷きに盛んに歌を作っている。「本歌取り」とは、ある歌をお手本にして、それに似てはいるが、発展した歌を詠むことを言う。

文屋康秀 (ふんやのやすひで)はあまり歌が残っていないのになぜか六歌仙入り

吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ

[現代和訳]
山風が吹きおろしてくると、たちまち秋の草や木が萎れてしまうので、きっと山風のことを「嵐」「つまり「「荒らし」というのか。あまり草をいじめるなよ。

[作者生没年・出典]
生没年不明。古今集 巻五 秋下 249 六歌仙の一人。

[人物紹介と歴史的背景]
「離合歌」という「山+風=嵐」の言葉遊びが入る歌。作者 文屋康秀も古今集仮名序の中で「文屋康秀は詞は巧みにてそのさま身におはず、いはばあき人のよき布着たらんがごとし=文屋康秀は詞はたくみであってもそのさまが心と同調していない。たとえば商人が立派な着物を着ているといった風だ」と評されている。

入っているのが「謎の人」が百人一首には結構ある

あまり高い評価を上げているわけではないようだが、それでも六歌仙の中に入っている。六歌仙は2グループに分かれていて、在原業平や小野小町などは本当に歌に関してはプロ、身分も下級とは言え貴族の一員、対して文屋康秀、喜撰法師などは身分もないし、経歴不明で謎の人物と言ってもおかしくない。

だから身分の低い人でも歌の世界では平等に扱う例としてだとか、いや実は隠れた歌の師匠だったとか、色々な説がある。そもそもなぜ紀貫之が彼らを選んだのか、まずそこがわからない。誰か画期的な説を打ち出さないか、期待されている。

大江千里 (おおえのちさと)

月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど

[現代和訳]
秋の月を眺めていると、なんとなく、色々なことが思い出してきて、物悲しい。秋はわたしひとりだけにやって来たのではないのだが。

[作者生没年・出典]
生没年不明 古今集 巻四 秋上 193

[人物紹介と歴史的背景]
大江千里は漢詩を題材にして和歌を作ることに長けていた歌人で、この歌も中国の詩人 白居易の「燕子楼」という漢文の詩から作ったもの。大江千里は在原行平と業平の甥にあたる人で、親戚中に詩人がたくさんいることになる。「血は水よりも濃し」とはよく言ったものだ。

また大江一族は「江家(『ごうけ』と読む)」と呼ばれ、代々漢学やら詩歌についての研究をしている文人一族だ。その中で一番有名な人は、大江匡房(おおえのまさふさ)(1041~1111)で、匡房は059番で登場する赤染衛門の曾孫にあたる。この匡房が大江千里の父・音人(おとひと)のことに言及している文書もあるから、大江音人⇒千里、そしてちょっと離れて匡房と、一族的には続いていることになる。