アルベールは牢の中で寝ていた!
ルイジ・バンパの巣で、囚われの身になっているアルベールに会いに行った伯爵は、彼が牢の中で寝息をたてて、すやすやと寝ていることに気がつく。もちろんバンパも気がついて、呆れながらも声をかける
「閣下、お起きになってください」
「なんだ君か、ああもうちょっとで美人を口説いて踊れたのに」
「戯言を、閣下。ご友人が来られました」
「ああ、そうなの。ボーシャンが身代金を払ってくれたんだ」
「いえ、すべて手違いでした。閣下は元々自由なのです。ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。モンテ・クリスト伯が請け負ってくれました」
「そうなんだ」
と言い、起きるとそこに伯爵がいることに気が付いたアルベールは、感謝の印に伯爵の手を握ろうとする。伯爵は少しためらったが、それでも彼のするままにさせた。ここの描写にもアルベールが「お坊ちゃま」であることを十分に示している。そしてのんきで楽天的でということも。
「世界中を回った世界人だが、パリを知らない田舎者」と自虐する伯爵を、色々お世話になったお返しに、パリの自宅に招待して、父母にも紹介したいとアルベールは持ち掛ける。彼はいわゆる「部屋住み」、つまり独身だから両親と同居しているので、紹介するのは簡単だと言う。
アルベールの友人ボーシャンは新聞記者をしている職業的勘から、伯爵が怪しい人物かもしれない、となんとなくは疑っている。しかし伯爵がフランス社交界の人間ではないし、身内もいないようなので、情報が引き出せない。まずはパリに行ってからだ、とボーシャンは決意する。
アルベールの父親は…
アルベールの父はモルセール伯爵、旧姓はフェルナン・モンテゴ、母はメルセデス・モルセールだ。伯爵がルイジ・バンパの巣でアルベールとの握手をためらった理由は、アルベールが彼の復讐の対象であるモルセール伯爵=フェルナン・モンテゴの息子だから。
しかし話が進むにつれて、そういう彼を、伯爵自身も気が付かぬ間に、大層気に入ってしまっているジレンマに陥ることを読者は後で知ることになる。アルベールは彼が愛したメルセデスの息子でもあるから。もしかするとためらった理由は、あの時点で、すでに複数だったかもしれない。
伯爵は遠慮がちに、招待を受けることにして、ついでだからアルベールの友人や知り合いにも紹介してもらいたい、と希望を述べた。その友人の中には、マクシミリアン・モレルがいることを知りながら、である。
一見、のんびりと生きているように見える伯爵だが、裏ではものすごく勤勉である。イタリアに来る前には、ファラオン号の持ち主だったモレル氏が破産寸前なのを助け、その後は、自分を陥れた担当検事ビルフォールの現況を調べて「弱点」をさぐった。そして彼の家庭が強欲な後妻エロイーズによって、危機に陥るように仕向けるため、別人に変装して、旅行中の彼女に毒薬の調合を教える。武器を持ったら使いたくなる人間の心理を利用しているのだ。
準備万端整えたモンテ・クリスト伯ことエドモン・ダンテスは、「上級貴族 子爵モルセール・アルベール卿の命の恩人」という「錦の御旗」を得て、悠々とパリの社交界に乗り込んでいく。そこには彼を卑劣な罠に陥れた3人の男、男爵に叙せられ一角の銀行家になった元・会計士のダングラール、モンセール伯爵ことフェルナン・モンテゴ、そして検事総長に出世したビルフォールがいるのだ。
まだ続く。