モルセール邸での昼食会

時間ぴったりに、パリにあるアルベールの屋敷に訪れたモンテ・クリスト伯は、それでも
「時刻通りに行動するのは王者の嗜みと申しますが、15秒の遅れがあったことをお許しください」
と詫びる。

アルベールに彼の友人を次々と紹介され、にこやかに話をしながら、陸軍大尉のマクシミリアン・モレルには、新しい軍服を褒めたりするなど、一段の親しみを見せる。マクシミリアンの父モレルは、モレル商会を経営していて、一等航海士だったエドモン・ダンテスの一番の理解者だったからだ。マクシミリアンが幼少のころにエドモン・ダンテスと会っているだけでなく、遊んでもらったこともあるが、もちろんマクシミリアンは覚えてはいないし、伯爵もおくびにも出さない。この2人が腹を割って生死を共にするのは、もう少し後のことだ。

昼食の後、アルベールに連れられて、彼の所蔵品を見せてもらう伯爵は、それぞれの品についての由来を詳しく説明できるぐらいの深い教養を見せる。そして、若く美しい女性が描かれた、とある油絵の前で足を止めた。絵の中の女性は、粗末な漁師風の服を着ていた。
「子爵もお人が悪い。素晴らしい愛人をお持ちとは、私は存じ上げませんでした」と感想を言う。
「伯爵、それは愛人ではありません。それは母の若いころを描いた、名もない絵描きの絵です」
「ほう、御母上様ですか…」
「ええ。着ている衣装はマルセイユの田舎、カタロニアの漁師がよく身に着けているもので、母はこの衣装を着る条件で、絵を描かせたのです。でも父はこの絵を見るのを好みません。ですから、私の部屋に置くことにしたのです」
「ふむ」
「ですが母はこの絵を時々見に来ては、悲しそうな顔をするので、私も少し困っているのです」
「…なるほど」

ついに再会を果たすが…

なにげない会話の中に深い哀しみがある。映画にするなら絶対収録して欲しいシーンだ。そしてとうとうモンテ・クリスト伯爵ことエドモン・ダンテスは、仇敵モルセール伯爵ことフェルナンと、モルセール家の本棟の居間で再会を果たす。しかしモルセール伯爵は、彼がエドモン・ダンテスだと全く気が付かない。

日が当たらず、非人間的な環境の獄中で過ごした4年の歳月と、ファリア司祭の「授業」を受けて、その知識を受け継いだことは、潮風に灼けた健康な肌を、病人のような青白い肌にし、同時に純真で人を疑うことを知らなかった無邪気な青年の肉柔らかい顔つきを、顎はいかめしくがっしりさせ、落ちくぼんだ目の中に知性を溢れさせていたから、全く別人だった。

例えば、ファリア司祭の宝のほんの一部である2、3個の宝石を当座の資金に変えるために、密輸船に「勤務」していたエドモン・ダンテスが機会を見つけて、マルセイユの港に立ち寄ったことがあった。しかし、向こうから来た昔の知り合いは、誰も彼をエドモン・ダンテスとはわからなかったぐらいだった。それはイフ城砦を脱獄して間もない彼を安心させたと同時に、今まで築いた人間関係がすべて崩壊してしまった孤独を感じさせた。

そして脱獄してから15年ほども過ぎた。富に任せて世界中を旅行し、さらに色々な知識を吸収した彼は、西洋人と言うよりは、中近東と東洋の雰囲気を身に着けた、妖しい魔導士の雰囲気もある紳士へと変貌していた。

父のモルセール伯爵は息子を助けてくれた礼をいい、これからのパリの生活で困ったことがあればなんでも相談に乗るといい、モンテ・クリスト伯は礼儀正しく、感謝を述べる。そのまま何気ない会話が続いた後、アルベールは母のメルセデスが来たことを告げる。モンテ・クリスト伯は扉に背を向けて座っていたため、首だけを彼女に向けた。その瞬間メルセデスは膝から崩れ落ちそうになった。

驚いたアルベールは母に駆け寄り、支える。夫のモルセール伯爵も、客人に挨拶を強要することはなく、息子にメルセデスを介抱するために別室に連れていくように言う。こういうところに母親思いの息子と、妻に甘い夫であることを説明抜きで入れているから、小説を読む時は注意すること、と国語指導の癖が出てしまう。

まだ続く。