妻に責任を取るように命じるビルフォール

ビルフォールは一心腐乱にベネディットの裁判用の陳述書を書き上げた。そこにエロイーズがココアを持ってくる。ビルフォールはそれを飲みながらエロイーズに
「今夜までにすべてを片付けておくように」
と言う。エロイーズは真っ青になって反論しようとしたが
「私にはすべてわかっている!」
とビルフォールは声を荒げた。
「もしそうでなければ、今夜からお前の寝床はコンシェルジュリーの中だからな」
と脅す。

コンシェルジュリーとはフランスのパリ1区、シテ島西側にある牢獄のことで、フランス革命で処刑された王妃 マリー・アントワネットも収監されたことがあり、21世紀の現代では観光地になっている。網走監獄みたいなものだ。

これがコンシェルジュリー。
見た目はホテルみたいだけど刑務所。

伯爵が前もって証拠を残しておいたことで、主治医に毒の存在を知られ、その助言により前妻の娘ヴァランティーヌの殺人未遂などの家庭内殺人を、ビルフォールに見抜かれた夫人は、観念したように見えた。ビルフォールはそんな彼女を捨て置いて、裁判所に出向く。

しかしその裁判で自分自身の旧悪を白日のもとに晒され、打ちのめされたことは、前に語った通りだ。消沈して帰宅中のビルフォールはその車中で、実は自分と妻エロイーズは似た者夫婦だということに気が付く。そしてエドワールとエロイーズを伴ってパリを出よう、そして3人で、どこかで暮らそうと、考え直す。しかしその願いは虚しく終わる。「良い母親は子供を見捨てて死んだりはしません」との書置きをエロイーズは残して、居間のソファーの上で冷たくなっていたからだ。

息子も道連れに母は死ぬ

慌てて息子の部屋のドアを開けたが、そばによって確認しなくても、男の子が死んでいるのがわかり、放心状態にあったビルフォールの傍にいつの間にか伯爵が来ていた。
「ご自分の罪がお分かりになりましたか」
「…私の罪?」
「あなたはオートイユで自分の子供を殺害なさろうとした。そしてその前には、ある青年を無実の罪でイフ城砦に閉じ込めて、緩慢な死に追いやろうとしたのです」
「まさか、伯爵…あなたは」
「そう、私はエドモン・ダンテスです! おかげで私は父の死に目にも会えなかったのです!」
「そうか! 君はエドモン・ダンテスか!」
とビルフォールは伯爵をエドワールの枕元に引っ張っていき
「どうだ、さも満足だろう! これを見ろ! 息子まで殺したな!」
と叫んだ。伯爵はここに新しい、予期しなかった事態が発生したことを見た。そして慌てて、居間のソファーにエドワールを寝かせると、ありとあらゆる治療を試みたが無駄だった。

発狂するビルフォール

「おお、子供を攫っていった! 子どもを攫われてしまった!」
法廷での旧悪の暴露と、夫人とエドワードの死の光景、さらにはとっくに獄中死したと思っていたエドモン・ダンテスの復活という、精神的衝撃の負荷と罪悪感のために、ビルフォールの精神は壊れてしまった。卑劣漢であり、鉄面皮であったとは言え、彼も人間だったのである。そして、ふらふらと庭に出でて、「ここでもない、ここでもない」とつぶやきながら掘り返し始めた。伯爵が声をかけると「大丈夫です! この世の終わりまで探し求めますぞ!」という返事しかしなくなるぐらいに、ビルフォールは狂ってしまったのである。

伯爵は「狂ってしまった…」とつぶやくと、その場を静かに離れていった。

死なずに発狂することはマシだったかもしれない。それとも死んだ方が良かったのだろうか。彼に関しては何とも言えない。こうしてビルフォール家の「未来へ可能性」は絶えてしまったように見える。もっとも不肖の息子 ベネディットは終身牢獄入りだが、彼ほどの生命力にあふれた悪者ならこの後、脱獄ぐらいはするだろう。しかし元々運は良くないので、壁を乗り越えるところであえなく射殺される、で終わるかも。まああの世のカドルッススが許さないだろうから。

どうでもいい妄想をこれだけ掻き立てられるのだから、やはり文豪ってすごい。文学の世界では「モンテクリスト伯」は「面白すぎる=エンターテイナー性が強すぎる」ので評判は良くないらしい。完全な嫉妬と思われる。売れない作家は哀れだ。

まだ続く。