カドルッススは何をしたのか、何をしなかったのか
エドモン・ダンテスに冤罪を着せるための告訴状を直接作成したのは、フェルナンとダングラールだった。その横で、振る舞い酒に酔っぱらって見ぬふりをしたのが、料理人のカドルッススだった。刑法でいうところの「不作為の罪」である。不作為の罪の具体例は保護責任者遺棄致死罪などだ。もっとも「保護者」という地位の認定には諸説あって説明が難しい。
カドルッススは明らかに犯罪が行われている現場にいながら、それを止めなかったので「罪」を犯したことになる。もっとも彼は酩酊状態だったとか何かで弁解するだろう。しかしエドモン・ダンテスが逮捕拘留されている間にも何のアクションも起こさなかったので、やはりフェルナンやダングラールと同罪だとされても文句は言えないだろう。
結婚式の席からエドモン・ダンテスが連行された後、カドルッススは怖くなったのか、行方を晦ましていた。そして何の縁かはわからないが、もっと若いころのベネディットと知り合い、小悪事を働くようになり、今は小さな宿屋を経営している。それで十分だと思うのだが、フェルナンやダングラールが「出世」しているのに、自分がそのままか、それ以下であることに我慢ができないところが小人の小人たる所以だ。金が乏しくなると、フェルナン=モルセール伯爵やダングラールに金をせびりに行く=脅迫に行くのが常になっていた。
そしてある日、いつものようにダングラールの家に金を求めにいくと、なんとベネディットが立派な身なりでダングラールの家から出て来るとことに出くわし、半分脅しと、半分は好奇心から、またベネディットと組むことになる。しかしこれが「好奇心は猫を殺す」のことわざ通りになるから、運命は皮肉だ。
伯爵邸に盗みに入るが…
すべてを見越していた伯爵は、ブゾーニ神父に化けて、カドルッススの元を訪れる。そしてエドモン・ダンテスの遺言だとして、宝石をカドルッススに渡す。ここでカドルッススの悪事魂に火がついてしまった。またもやベネディットを呼び出したカドルッススは、彼から羽振りの良い伯爵のことを聞き、シャンゼリゼの館に盗みに入ろうという計画を立てる。
ところがベネディットとしては自分の過去を知っているカドルッススは、はっきり言って邪魔な存在だ。そこでベネディットは表向き、盗みに合意しつつ、カドルッススを殺害する計画を立て、同時に伯爵には「今夜あたり盗みに入ろうとする奴が来る」と密告をする。ある程度予想していた伯爵は、警察には知らせずに、腹心のアリとともに館の中で待つ受ける。もちろん家中の人たちは全員、もっともらしい口実をつけて、全然違うところに避難させて、伯爵とアリの2人しかいない状態にしてある。このときはベルツッチオも避難させていた。万が一、ベネディットと鉢合わせしては大変だからだ。もちろんエデもだ。さらに伯爵は、ブゾーニ神父にも化けていた。
隠れていたアリからの合図があり、ブゾーニ神父に化けていた伯爵は、書斎で引き出しをあさっていたカドルッススを捕まえ、一旦は解放する。えらい寛大だなと思う勿れ、館の外にベネディットがすでに潜んでいることを知った上でのことだった。つまりベネディットにカドルッススを殺させるためだった。
案の定、塀を乗り越えたところでベネディットに胸を刺されて、瀕死の重傷を負ったカドルッススを、もう一度館に連れ戻し、秘薬で息を吹き返させた後、自分を殺したのはベネディットであること、その時にカドルッススがベネディットから奪った上着も証拠だ、と念書を書かせる。もっとも書くのは伯爵が書いてやって、カドルッススは署名だけした。そしてカドルッススに死が迫ってくる。
臨終間近いカドルッススを諭す
「こんな馬鹿な。こんな仕打ちをする神様は、おれは認めない」
「何を言う。お前に神は丈夫な体を与えた。生きていく術も与えた。語り合う友達も与えた。お前はそれに感謝して生きていくべきだったのだ」
「あいつらはのうのうと生きて、おれが死んでいくなんて。人生はあまりにも不公平だ」
「それはお前が友達を裏切ったからだ。これは神様の正しい裁きが下ったのだ」
「俺は誰も裏切ってはいない!裏切られたのはおれの方だ」
「よく思い出すのだ!そうすれば神はお前を受けとってくれるだろう!」
と言って、ブゾーニ神父の変装を解いた伯爵は、自分はエドモン・ダンテスだと教える。その瞬間、カドルッススは神に許しを請い、死んでいく。完全に死んだカドルッススを見下ろし、エドモン・ダンテスは「まずは一人…」とつぶやく。
映画ならここで途端に天が曇り、稲妻が煌めくというシーンを期待したくなる。
まだ続く。