伯爵は自分が事件には「無関係」なことを利用する

原作にはないが、警察とのやり取りはすべてブゾーニ神父が受け持ったので、モンテ・クリスト伯爵は事件現場にいなかったことになっている。警察は変装を見破られなかったのか?という素朴な疑問があるのだが、まあいいことにする。

事件後ブゾーニ神父と入れ替わる形で、伯爵は出かけた先から帰ってきて、そして「初めて」事件現場に入り、いかにも驚いた風をして、すべての人間を欺く。さらに「犯人が落としていったと思われる上着」を「塀の近くの植え込みの中から見つけた」ということにして、警察に届けた。もちろんその上着はカドルッススが死ぬ時から手に入れていたもので、間抜けなのはその上着にはベネディットの遺留品があったことだ。警察は捜査を開始したが、またこれも原作にはないが、伯爵は同時にベネディットのことをリークしたようで、あっさりとベネディットは犯人と特定されてしまう。

しかしベネディットが殺人を犯したことも知らず、ダングラールは娘ジェニーとベネディットの結婚を急ぎ、婚約発表の会を設け、社交界の紳士熟女を大々的に招待して、同時に事業計画を打ち上げ、投資を募ることにした。その婚約発表の会に招かれた伯爵は、今帰ってきたばかりで何が何やらわからないので警察に任せている、と何食わぬ顔で出席者たちと会話を交わす。ベネディットは自分の凶行がすでに当局に把握されていることを知らず、得意になっている。娘のジェニーだけが不満で、しかし致し方ないという風情で、憮然と座っているその会場へ、警察が一群となって「がさ入れ」に来たわけだ。

そこからはまるで映画みたいに、椅子は倒され、グラスは吹き飛び、身体能力に優れたベネディットと警察のチェイスが始まる。この騒ぎを伯爵がどう見ていたかの記述はないが、もしかしたら自分とメルセデスとの結婚式の事を思い出していたかもしれない。違いは、ベネディットとジェニーの場合は「喜劇」で、伯爵とメルセデスの場合は「悲劇」だったことかもしれない。

女性2人の「駆け落ち」に成功する

さて、婚約者がまさに「遁走」してしまったことを確認したジェニーは、ここからものすごい行動力を発揮する。ジェニーは元々家庭におさまる気などさらさらなくて、音楽で身を立てたかったし、その才能もある。そこでその場にいた、友人でピアニストのルイーズと「駆け落ち」することにした。女同士で駆け落ちとはどーいうことだと思うだろうが、どうやらこの2人は同性愛者らしいと原作からわかるからだ。

今、巷ではLGBT論議が起きている。私などは門外漢なので、口出しする資格も、気持ちもないのだが、誰が誰を愛そうと、好きになろうと、勝手にやってくれ、としか思っていない。そもそも人の嗜好に他人がとやかく言うことなど不調法だ。ただし民主主義に則るならば、Aという思想や嗜好を持つことも持たないことも選ぶことも選ばないことも、同様に重んじるべし、ただし他人に迷惑をかけない範囲で、と考えてるだけだ。民主主義が「あらゆる思想と表現を重んじる主義」ならば、「民主主義なんかやめてしまえ」という思想も排斥してはならないことになる。

ヴォルテール曰く「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」蓋し名言だ。

先だってルーイズとジェニーの2人と知り合いになっておき、イタリアまでの旅券を都合したが、その旅券を男1人女1人にしておいたことが、どんぴしゃに当たった伯爵は、ジェニーたちの「駆け落ち」を見届けて、内心笑いながら、会場を後にする。娘に逃げられ、事業計画もおじゃんになって、残されたダングラールは茫然自失状態だが、本当の悲劇はこれからやってくる。

まだ続く。