子供は意外と頑固で保守的

今の段階で紹介できそうな具体例をあげたことで、ご理解されたとする。後は個人個人、それぞれのご家庭内での工夫にかかっている。問題は受ける側、つまり中学生本人の内部の話を少し考えてみたい。

ノートやファイルの話題に出てきた人たちで、うまく対応できなかった人、忘れ物が多い人とか、3年になっても同じノート1冊で済ませている「すごい」人たちに共通して言えたことは「頑固」で「面倒くさがり」「自分ペース」だった。そして親・保護者自身も、とにかく机の前に座って勉強量を増やせば成績は上がる、と考えている人たちでだった。

だから「うちの子は頑固なんです」と言う入塾希望者の保護者には「そういう人は苦労しますよ」とあらかじめ困難を覚悟してもらうことにしている。そして頑固が治癒できない、できなかった人は途中退塾のケースが多く、物覚えが悪い人より、指導が難しいのが経験上明らかだった。

こういうタイプは、まず「頑固な性格」であることを保護者が早めに見抜き、対策を練ることだ。特に小学校での良い意味での矯正が必要で、歯並びの矯正と似たようなものだ。

精神的成長につながるのは「柔らかい心」

よって精神的成長につながるのは「柔らかい心」にあるのではないかと私は考えている。

ここ20年ぐらいの間に、中学校で習う内容は一旦「簡単」になり、10年前に「脱ゆとり」で「難化」し、今度は「グローバル」の主義が入ってきて「広く」なった。

しかし「ゆとり(本当は学習内容削減)」の時期でも、出題だけを取り上げてみれば、「簡単」ではなかった。これは実際に問題解説の担当をしている塾の講師なら賛成してくれるはずだ。1次関数も図形も、英文内容もかなり高度なことを要求してきている。学校の授業時間は最近は少し増えたけど、30年前に比べればやはり少ないし、行事日程は減っていない。休日も法制が変わって増えた。そういう中で、学校の先生は、まあよくやっているなあ~と、私は感心しているぐらいだ。そして「脱ゆとり」から怪奇現象ならぬ回帰現象が起きている。

つまり「変化して進化している」のが出題内容だ。

案外大人は変化し進化している

最近、大人の世界はものすごく変化が速くて、ついていくのが大変だ。少し「意識高い系」の大手のビジネス・サイト(例えば BooksApps など)に行けば、決まり文句が「成長したければ進化しろ」とあり、ではどうすれば進化するかというと「変化するものが進化する」という趣旨に沿った主張があちこちに掲げられている。これは確かダーウインの言葉の断片だったと思う。そしてその主張のウラには、「変化を受け入れ、進化しようとする柔らかい心」を持つことまで読み取らなければいけない。

これが子供の勉強にも当てはまると私は考えていて、よく生徒たちに言っている。大人は変化し進化しなければメシが食えなくなるから、変化を要求され、変化できなければ市場から追放される、となれば必死で変化するだろう。できなければ底辺に落下するだけだ。

しかし子供は保護してくれる大人がいるなら、ゴハンは食べれるから無理に変化する必要を感じないまま、中学生になってしまうこともある。その時に、いきなり柔軟性を要求されても、うまく行くだろうか?

子供は柔軟だ、というのは大人の思い込みで、視野が狭い分、大人以上に頑固だ、と私なんかは何度も目撃しているからだ。子供は案外保守的≒頑迷固陋と言っても良いだろう。

では世の教育環境は「柔らかい心」を持つような教育や進言をしているのか、と考えてみると、どうも言葉が足りない。「夢を持て、夢をあきらめるな」とだけ主張するのは、全然柔らかくないではないか、と思ってしまう。むしろ「頑固であれ、頑固な事は良いことだ」とまだまだ単純な精神の持ち主である子供は受け取ってしまわないか?

非常に危険な進言形式だ。だから「夢」と聞くと、嫌な気持ちになる。もう少し慎重な言い回しで「変化に対応できる柔軟な心を育てることが、現実処理能力を高め、それが夢を持ち続ける可能性を高める」と言うべきではないのか。
今の文は少し長いから、もう少し短くしてスローガン化する必要があるが。