決闘を取りやめた原因は真実を知ったから

アルベールが翻意した原因は、母・メルセデスが、父・フェルナンの卑劣な偽の密告によって、許嫁だったエドモン・ダンテスが無実の罪で、生きては出てこれないイフ城砦に投獄されたことから始まる、という一連の真実を話したから、というのは伯爵にはわかっていた。

仮に話しても、アルベールが言うことを聞いくれなかったら、それはそれで決闘となったのは間違いがない。そうならなかったのは、つまりはアルベールが真実を重んじる人間であったから、母の育て方が正しかったからとなる。

しかしそれは家族の崩壊を意味することも伯爵にはわかっていたので、忠実な家令ベルツッチオに、しかるべき措置するため待機するように命じておき、彼はシャンゼリゼに帰って来た。心配したエデが安堵して飛びついてきたが、伯爵はまだ終わっていない、終わっていないが、心配はない、後は待つだけだ、と告げた。

同時に、フェルナンことモルセール伯爵も息子が首尾よく事を済ませて、自分に報告が来ることを待っていた。しかし息子は帰ってきたようだが、報告には来ない。堪りかねて今度は自分がモンテ・クリスト伯のもとに行くことにした。

「モルセール様がお見えです」と取次の者が連絡してきた。
「どちらだね、子爵か?伯爵か?」
「伯爵様です」
「そうか、応接室にお通ししなさい」
「大丈夫ですか」とエデが心配そうに尋ねた。
「大丈夫だとも。問題は子爵の方で、伯爵なら何の問題もない。あの男は私には手も足も出ないのだから」
落ちいてモンテ・クリスト伯がそう言い、でもエデには、奥にいるようにと言った。

やっとエドモン・ダンテスだとわかる

いらいらしながらモルセール伯爵ことフェルナン・モンテゴは待っていた。
「息子と決闘したのではないのですかな」
「いえ、決闘にはなりませんでした」
落ち着き払ってモンテ・クリスト伯は答える。それがさらに気にくわなかったようで、モルセール伯爵は問う。
「なぜそうなるのです」
「子爵は決闘に意味がないと悟られたのです。つまり御父上に問題があることを理解されたわけですな」
「私に、ですと」
「そうあなたにです。あなたはパシャの守護をするべき任務を放棄して、彼を裏切ったフェルナン・モンテゴ大尉であったのではないですかな」
「…」
モルセール伯爵ことフェルナン・モンテゴは真っ赤に顔を紅潮させた。
「そしてその娘と母を奴隷として売り飛ばし、その金銭を着服したフェルナン・モンテゴ大尉でもあるわけです」
「おお、お前は初めに会った時から、気にくわなかった。今こそ決着を付けてやる!」
「結構ですな。どちらかが死ぬまでというわけで」
「その通りだ!好きな得物を持て!お前の胸にぐさりとこの剣を立ててやる!」
「わかりました。少しお待ちを」
隣の部屋にモンテ・クリスト伯は行き、そしてすぐに出てきた。そこには髪を長くたらし、あちこち破れた船員服を着て、頭を赤い布地で覆ったマルセイユの船乗りがいた。モルセール伯爵ことフェルナン・モンテゴは息を呑んだ。
「久しぶりだ、フェルナン。俺を卑怯な手段で無実の罪でイフ城砦に放り込み、落ち込んでいたメルセデスを巧みに口説いて、まんまと妻にした。しかしその妻を抱くたびに、俺のことを忘れることはできなかったろう」
「…エドモン・ダンテス…」
「そうだ。エドモン・ダンテスだ。俺はこうやって地獄から戻ってきたぞ。さあなんでもいいから得物を取れ! 今日こそお前を成敗してやる!」

家族の崩壊とフェルナンの死

あまりの衝撃に、よろよろ、ふらふらとモルセール伯爵は館から退出した。そして息を切らしながら、自分の館に帰ってきた。その前には庶民が使うような簡素な馬車が待っていた。その横をモルセール伯爵を乗せた贅沢な自家用馬車が通りすぎ、館内に入った。階段の下の所に来た時、妻と息子の声が聞こえたのに、なぜかフェルナンは横の角の小部屋に隠れてしまった。

「さ、行きましょう、お母さん。もうここは僕たちの家ではありませんから」
息子である青年は、母なる婦人に声をかけ、2人は手に小さな革鞄だけを持って、その質素な馬車の方に歩いて行く。フェルナンは愛する者たちに去られ、絶望した。

その2人が馬車に乗りこもうとしたとき、どこから現れたのか、ベルツッチオがメルセデスの側に影のように立ち「奥様」と声をかけてきた。彼は一言「伯爵様からです」と言い、封筒に包まれた手紙をメルセデスに渡す。メルセデスが封筒を見るために一瞬、下を見て、すぐに目を戻した時にはもうベルツッチオはいなかった。そして2人は馬車に乗り込んで走り去った。

何か音がしたような気がして、アルベールは自分たちの館だったものの方角を見た。しかし角の小部屋のガラスが割れ、その割れ口から拳銃独特の青い煙が流れ出したことには気が付かなかった。