迷う伯爵はマルセイユへ

ここまで復讐の道を突き進んできた伯爵=エドモン・ダンテスには、初めて迷いが生じた。やはり彼にもエドワールの死はショックだったのだ。イフ城砦でのファリア司祭の言葉が蘇る。

「ではなぜあなたは歩哨を殺して脱獄しようとは今まで考えなかったのかな?」
「それは…思いつかなかったからです」
「いいや、違う。あなたは確かに無実の罪でここに放り込まれた。しかし歩哨を殺すことは殺人なのだ。あなたは本当に犯罪者になってしまう。善の心が悪の心を抑えたのだ。神の心に反してはならない」

自分の計画に何か間違いはあったのだろうか。気が付くと伯爵はパリから、マルセイユへと向かっていた。2日後、懐かしい港の匂いを嗅ぎながら、彼は収監された時のことを思い出して、イフ城砦の見える波止場に立っていた。イフ城砦は今はもう使われていないが、不心得な者たちが出入りしないように、警備の人間が置かれているだけだった。それでももの好きな見物客のために、船が出ていたので、伯爵はそれに乗り込んだ。

イフ城砦内を案内人に頼んで、自分が入っていた独房の中に入った伯爵は当時を思い出していた。そしてさらに頼んで、ファリア司祭が入っていた独房にも案内してもらい、ファリア司祭、彼にとっての第2の父のために、床に膝をつき、両手をベッドにのせて、祈りを捧げた。そして自分のしたことは神の御心に適うことだったのか、長い時間、自問自答を繰り返した。

同時に苦しかった牢獄の日々を思い出す。このまま朽ちるのではないかという恐怖と戦うことで得た豪胆さも、その苦しみの前では、心臓に汗をかくかと思われた。そして思い至った。自分がこのように迷い、苦しむことも神の御心なのだ、と。まだわからない。全部終わった時に神は自分に答えをくれるだろう。

モルセール伯爵への復讐から新たな始まり

そう悟った伯爵は日が少し暮れてきた海に目をやり、波止場に戻った。その時、自分が船に乗り込んでから中身を確かめるようにと念を押してから、法外なチップを詰めた封筒を案内人に渡し、マルセイユの港へ向けて出発した。それは復讐神の代理人の再出発でもあった。

次の目標はモルセール伯爵=フェルナン・モンテゴだった。ただし問題は息子の子爵・アルベールだった。彼は大変よくできた息子で、母だけでなく父親も尊敬して大切にしていたからだ。エドワールから得た苦い経験から、できれば彼を父親への復讐には巻き込みたくなかった伯爵は、彼を誘ってちょっとした旅行へと出かけた。こういうところに、実は伯爵=エドモン・ダンテスがアルベールへの愛情が深くなっていると受け取れる面もある。

モルセール伯爵=フェルナン・モンテゴが今の地位に上がれたのは、トルコ帝国内に存在した「ジャニナ公国」を陥落させた功績が大きかったからだが、伯爵には、フェルナン・モンテゴが、どう見てもそんなに智謀も武勇もあるようには見えなかったのである。現に汚い手を使って自分を滅ぼそうとしたことから考えて、智謀でもどちらかというと陰謀、あるいは裏切りによるものと睨み、フランスへ帰ってくる前に、ジャニナ公国での出来事を調べつくし、そこでエデと出会ったのだった。

エデはジャニナ公国の支配者の忘れ形見だったのである。まだ幼かったが、エデは賢く、記憶力に優れていたため、公国の最後のことをよく覚えていた。

まだ続く。