伯爵はパリに家を買ったのだが、まだ見たことも行ったこともないという鷹揚さを見せる
時間は少し遡って、アルベールが開いた伯爵のための昼食会の席で、これからのパリ生活のために、シャンゼリゼに家を買ったと、伯爵はアルベールの仲間たちに伝えるが、屋敷そのものをまだ見ていないと平然として言い、レベルの違う富豪ぶりを見せる。それより注目なのは、伯爵が東洋から取り寄せた色々な薬品のことだ。彼がその席で披露したのは、短時間だけ眠れることができる薬や、食欲を感じない薬で、相当深く薬品、ひいていは麻薬にまで精通していることがわかる。
現代ではこれだけでも薬事法や医師法違反なり、麻薬取締法違反で逮捕だが、19世紀~20世紀前半のヨーロッパでは、薬漬けの人が結構いて、別に違法でもなんでもなかったことは、シャーロックホームズシリーズからでもうかがえる。この点は子供にこの小説を紹介する時には注意しなければならない。
さらにここで黒人奴隷アリの存在が紹介されることも重要なファクターだ。彼は脇役ながらも、この小説の中では重要なパートを受け持っていて、伯爵の裏の秘密行動につき従う、まさに黒子の存在だ。シャンゼリゼに買った屋敷も伯爵の趣味趣向に合うようにパリ中を走りまわって、彼が探し出したものだった。
主人の好みを、主人以上に知っている家来と言う存在
秘書役は、実際の生活でも、小説中においても、結構重要な役割を果たす。例えば織田信長の秘書を務めていた長谷川秀一や菅屋九右衛門などは、歴史的に有名で、菅谷は本能寺の変で殉職するなどのエピソードがある。この小説でもうすぐ登場する、家令の(執事みたいなもの)ベルツッチオは、伯爵の趣味趣向を彼以上に知っていて、表の行動を補佐する役を果たす。
アリは(たぶん)トルコ帝国で伯爵に買われた身である。伯爵は彼を傷つける気はなかったが、王様に舌を切られてしまっていて、話せないうえに、彼が理解できる言語を話せるのは伯爵だけという関係もあり、アリは絶対忠誠を誓い、生殺与奪の権利を完全に伯爵に与えている。
ベルツッチオは昔は密輸業者だった。しかし警察に逮捕され、刑期終了後に身元引き受け人になったのは、「ブゾーニ司祭」というイタリアの神父さんで、彼に伯爵を紹介されたのだった。数年前からモンテクリスト伯=エドモン・ダンテスの忠実な家令になっている。このあたり色々事情があるが、省略する。
ベルツッチオは、これ以上悪事を重ねると確実に長期刑か終身刑だし(当時のフランス刑法ではそうなる可能性が高い)もはや行くところもなく、身内も事情があって誰もいない。伯爵の下にいれば、何不自由ない生活ができ、それ以上に伯爵の人間的魅力に惚れ込んでいる。そのため伯爵の所有するお金の一部(それでも十分大金)を管理しているのだが、お金を流用したりすることは一切なく、真面目に伯爵に仕えている。彼は強盗や殺人の強行犯でなく、密輸をやっていた言わば「商人」で、商人が一番大切にする「信用が全て」という部分が家令になっても、生きているからかもしれない。
というわけで、伯爵の周囲には一癖も二癖もある脇キャラが勢ぞろいしていて、彼の今後の活躍を助けていくのも、この小説の魅力の一つだ。
まだ続く。