ソ連=ロシアの戦法は「常識はずれ」、でも彼らには常識というか普通

さらに前々回「勝手が違う敵と遭遇したドイツ軍」と述べたが、そのソ連=ロシア側の戦法は、さらにヨーロッパの常識では考えられないものだったことを少し紹介しておく。

彼らは「一撃後に撤退」と「陣地拠点主義」とを、混ぜ合わせた戦法だった。つまり敵軍に一撃を与えるか与えられたら、さっさと逃げ出す。そして後方に退いた後、そこに拠点を作って、再度敵軍が攻撃してきたら、一撃を与えて、またさらに後方に退く、これを際限なく繰り返す。そして敵軍が「攻勢終末点」の限界を超えたのを見計らって、大軍を繰り出して、結果、相手を殲滅するという戦法だ。

国土が広いとさらに有効な戦法

ボクシングで言う「ヒット・アンド・アウェー」と思えばよい。そしてこの戦法は、冬になって道路や池、湖水などが凍ってしまうともっと有効になる。昔なら馬やそり、現代ならトラックや戦車が通りやすくなるからだ。それぐらい硬く地面や水が凍るのがロシアの大地だ。逆に、彼らが他国に侵攻する場合でも、冬季を狙うだろう。

これは古代中国の皇帝たちが砂漠の民を相手にした時に手こずった戦法でもあった。北方の騎馬民族、主に匈奴たちは、広い荒野をそれこそ「海」のように使って、どこか見えない所に拠点を持ち、神出鬼没の戦法で、漢や明の軍隊を翻弄した。漢王朝は和睦することで匈奴の進出を押さえたし、明の永楽帝は無理が祟って、荒野で死んでいる。近い過去では、ナポレオンがやはりロシア遠征の時に「冬将軍」にやられて、政権の命運が決まってしまった。

にぶく、同時に我慢強い国民性もある

ヒットアンドアウェー戦法は、広い国土を持つロシア≒ソ連だから、できる戦法だ。広いから当然人口も多く、「人命軽視」の作戦も取れる。さらには、長い冬に耐える国民は、「泥臭く、我慢強く気長」でもある。

前の戦争で、シベリア抑留にあった日本兵士で歯科助手だった人が、シベリアでソ連兵の歯の治療に従事していたとき、乾きにくい接着薬を使って(粗悪品が多かったらしい)義歯をくっつけることをやった。その時冗談で「一日中、口を開けて、太陽の光を当てていれば、くっつくだろう」とアドバイスしたところ、本当に、そのソ連兵は半日口を開けていた、しかもそれを、他のソ連兵は誰も笑わなかったというエピソードがある。

痛みや不便に鈍感で、苦痛をなんとも思わない、そういう国の国民であることがわかる。生きてきた土台=文化の違いは、恐るべき差を生み出す、良い例だ。

勉強でも「分野」の成立は「文化」の違い

繰り返しになるが、勉強でも同じだ。
分野が違うと、同じ科目の中でも、「文化」が違うから「勝手が違う」場合が多い。数学なら方程式などの分野と、関数と、図形と、確率は、全然「勝手が違うはず」だ。英語でも、中学3年の中盤に習い始める分詞の形容詞的用法から関係代名詞は全く「勝手が違う」分野だ。高校数学でも英語でも同じだ。

この時、我慢強くならなければ、突破口は見つからない。毎日でも、同じ問題とにらめっこしているだけでも、案外わかったりする。まずは慣れることから始めると良いだろう。

そして最後は、色々な分野が融合して「最終形態」へと発展する。一つでも錬成度が劣っていると、そこを突かれて、崩壊することもある。もちろん以上のことを生徒≒子供は知らない。だから先生≒大人が指導し、アドバイスする必要がある。しかし新学力観の元で育った教師は、どうもそのあたりが弱い。よくできる生徒≒勘のいい子供なら、どんな教師の下でも大丈夫だが、そうでない生徒の場合は危険度が増す。

親・保護者は、そこを見極める必要があるだろう。

まだ続く。