しかし逆効果になる…
焦ったエロイーズはヴァランティーヌの食べ物に毒を入れ出した。本格的な殺害行為の始まりだった。日増しに調子を崩していく彼女を見て、マクシミリアンは伯爵に相談を持ち掛ける。彼らはここまでに友情を育んできた。なにかと面倒をみて、マクシミリアンの妹夫婦とも仲が良くなっていた。なにしろ伯爵にとって家人を除けば、パリの中で唯一気を許せる人間だったからだ
しかし伯爵は最初はヴァランティーヌについては冷淡だった。それはそうだ。彼女が自分の仇であるビルフォールの娘であり、どうやらビルフォール家にはあらゆる憎悪が集中してきた様をみて、自業自得だな、自分には関係なし、と考えていたからだ。しかしあまりにもマクシミリアンが真剣にヴァランティーヌのことを心配するので、彼女のことをどう思っているのか尋ねてみると、彼女以外に結婚相手は考えられないと告白する。
「なんと、あの呪われた一家の娘をあなたは愛しているとおっしゃるのですか!まさか、冗談でしょう」
「おっしゃる意味がよくわかりません」
「マクシミリアンさん、パリにはあの娘以外に、もっと素敵な女性がたくさんいるのですよ」
「しかし僕は彼女以外に考えられないのです!」
「…なんということだ…」
泣き崩れるマクシミリアンを見て、伯爵=エドモン・ダンテスは考え込む。そしてここは原作にはないが、ヴァランティーヌが確かに父ビルフォールは似ず、善良で、気立ての良い娘であることを考え、彼女ぐらいは救っても良いかと判断したと思われる。なによりマクシミリアンをこれ以上心配させるわけにはいかないからだ。
そこで伯爵は
「わかりました。彼女のことは私に任せなさい。必ず彼女をお助けしてあげます」
「本当ですか!」
「ただし、私を完全に信じるのです。何があってもです。できますか?」
そう謎めいたことを言い、約束を交わして伯爵は行動に出る。
伯爵はヴァランティーヌを殺害する者をモニターする
伯爵はブゾーニ神父に変装し、ビルフォール家の隣の家を購入する。そしてヴァランティーヌの部屋に通じる秘密の通路を数日のうちに作り、彼女の部屋に誰が出入りをして、何をするかをモニターした。もちろん伯爵には犯人はわかっている。問題はそれをどうやってヴァランティーヌに教えるかだった。彼女のプライバシーに十分配慮しなければならないので、四晩続けての「寝ずの番」になった。
ある晩ヴァランティーヌは誰かが自分の部屋に入ってきて、そして出て行ったという、現実と見間違えそうな悪夢を見て、目を覚ます。しかしそこには伯爵の姿があった。驚き恐れる彼女を説得する最強のキィーワード「わが友 マクシミリアンから頼まれて、あなたの安全を確保するためにきた」と彼は告げた。そして誰かが彼女に毒を投与していたことを目撃したと告げた。そして枕元にあるコップの液体を舐めて、毒であることを確認すると、それをそっと暖炉の灰の中に捨てる。
「誰が私にそんなことをしたのですか。その目的は何ですか」
「それは後でお話しましょう。今、午前2時です。もうそろそろ人殺しがやって来る時間です。いいですか、寝たふりをしてやり過ごすのです。でないとどんな強行手段に出るのかわかりません」
おびえる彼女に、その壁の向こうに待機しているからと言い、伯爵は姿を隠した。
待ち構えている2人のところに、女と思われる影が入ってくる。その死神の影は、ヴァランティーヌが毒を全部飲んだことを確認すると、コップを持ってきた水で洗い、その水を暖炉の灰の中に捨てた。そしてベッドに眠っている(と思われる)ヴァランティーヌの方を向いた時、窓からの明かりがはっきりとその女がエロイーズであることを教えた。ヴァランティーヌは声を上げそうになったがかろうじて堪えた。
まだ続く。