ビルフォール家は2つに分かれている
ここから、時間は少し遡って、ヴァランティーヌとマクシミリアンとの説明になる。ヴァランティーヌ・ビルフォールは少し儚げな感じの美人で、人を疑うことのない極めて純真な女性だ。マクシミリアン・モレルは父親は商人だったが、フランス陸軍に入隊し、大尉になっている。2人はひょんなことから知り合い、愛し合うようになる。
ヴァランティーヌを生んで、しばらくして実母は病死したので、父親のビルフォールはエロイーズを後妻に迎えた。ヴァランティーヌが成人近くになると、ビルフォール家の親戚が、相次いで死亡するという怪事が続く。敏腕検事なら怪しいことに気が付くか、注意ぐらいはするはずなのに、ビルフォールは全く異常に気が付かない。人格の統合性において、バランスが欠けていて、いわゆる頭は良いが、精神か心の働きには肝心なところが抜けている人間と言える。後で伯爵=エドモン・ダンテスが静かに糾弾するシーンもある。
ビルフォール家にはもう1人の重要人物がいる。それがノワルエティ・ビルフォール将軍だ。勇猛をはせた軍人だったが、今の彼は、全身が麻痺していて、目の動きでしか意志を伝えることができない。しかし資産家でもあった。そして敏腕検事である息子のビルフォールは頭が上がらない人物であり、もちろんエロイーズはこの義父を嫌い、苦手にしていたし、ノワルエティ将軍はそれ以上に、この義理の娘で息子の妻を嫌っていたし、その孫息子であるエドワールもだ。そしてエロイーズを極めて怪しいと睨んでいた。反面、孫娘のヴァランティーヌには甘い上に、マクシミリアンとももうすでに会っていて、彼のことを気に入っている。まあこういう家庭で問題が起きない方が不思議だ。
そしていよいよ身近に事件が起きる。エロイーズはノワルエティ将軍を毒殺しようとして、将軍の長年の従者であるバロアを間違って殺害してしまう。不審死なのになぜか警察は無力で、ノワルエティ将軍はいよいよエロイーズが、資産狙いで次にヴァランティーヌを害することを見抜き、思い切った手に出る。
目だけで意思を伝える
遺言を残すこのシーンは結構有名だ。遺言作成のために呼ばれた2人の公正証書作成人が次々に質問をするが、すべてきちんと将軍は目の動きだけで、答える。
「あなたが私たちをここに呼ばれた理由をお聞きします。今からこのボードに書かれたアルファベットを順番に指で示しますので、ちょうど良いところでお知らせください。では始めます」
そして公証人は指をAか始めてTまで来たところで、ノワルエティ将軍はイエスの意味で1回目をゆっくり閉じる。
次はE、その次はS、T、A、M、E、N、Tと来た時に公証人は確認する。
「TESTAMENT、つまりご遺言をされると承りました。間違いありませんね」
そうだ、の意思表示で将軍は目を1回だけまばたく。そして遺言作成がゆっくりと始まり、肝心なところに来た………。
「ではあなたは、孫娘であるヴァランティーヌさんには、今の婚約相手では資産を残さない、とおっしゃるのですね」
そうだ、の意思表示で将軍は目を1回だけまばたく。ヴァランティーヌは祖父の意志を知って喜んだ。彼女は父のビルフォールが進める、マクシミリアンではない別の男性との縁談がどうしても承知できなかったからだ。
「では他の誰かとなら良い、というわけですね」
また、そうだの意思表示で将軍は目を1回だけまばたく。
「その他の誰かを今公表なさいますか」
だめだ、の意思表示で将軍は目を強く何回もまばたく。
「今すぐにご遺言を残しますか」
そうだ、の意思表示で将軍は目を1回だけまばたく…。
2人の公証人は適正に遺言を作成し、署名をして、辞去する。彼ら2人はこのことを他の公証人に話したくてたまらない様子が隠せないぐらい、名誉に思っていたのだ。
そして事態は急展開を迎える。
まだ続く。