まだまだ疑問はある

先の記事で「現在の日本は1000万トンの船舶で輸入に」と書いたが、「6000万トン以上」のミスです。ここにお詫びして、訂正します。打ち間違えた…。

取り敢えず、護衛ではなく、戦闘用海上戦力の壊滅などあり得ない、という軍事専門家に尋ねたいが、一隻に1発ずつ核弾頭を使用されたらどうなるだろうか。当たらなくても、半径10㎞以内は無事ではないだろうし、仮に船が無事でも、放射能や放射線、熱線などで人は死ぬ。動かす人が死ねば、最新鋭の船でも、ただの箱だ。

また、いくら「アホほど持っている」からとしても、ロケットが足りなくなるかもしれない。その時、レーダーにひっかからないプラスティック製の低速セスナなどの編隊を作り、しかも1機1機に小型核を搭載する。そしてもし仮に、お金で命を買って「特攻したら家族には一生安楽に暮らせる大金をやる」と、死刑が決定している犯罪者をパイロットとして「釣る」可能性だってある。これは越の謀臣 范蠡が呉との戦いで取った策と言われているものの応用だ。もちろん本当かどうかは不明だ。しかしこういう発想のできる人(=史記を書いた人か、ヒントをくれた人)がいることは覚えておかなければならない。中国では倫理など通用しない、と知り合いの知り合いのビジネスマンが言っていたし。

戦争は「雑な国」ほど勝ちそうだ。
雑とは「人口が多く、敵も味方もたくさん人が死んでも気にしない、相手のことなど気にもしないずぶとい精神を持ち、とにかくどんな手段でもお構いなく取り、能力主義かつ実証精神でくる」のことだ。前の戦争を戦った日本の全く逆と思えばよい。もっとも日本は別の意味で「雑」だったのだが。

まさに中国はこれに当てはまらないか?
彼らがやらない、という100%保証を付けて欲しい。

また精神主義に走るのだろうか

前の戦争で日本は、悲しいかな、お金がないために途中からは精神主義を打ち出し、もちろんそれでは勝てず、「悠久の大義に生きる」という「戦争完遂」とは矛盾する「滅びの美学」を提唱した。最後はポツダム宣言を受け入れるか否かで、揉めに揉めたが、昭和天皇の忠臣・鈴木貫太郎首相が理性的であったために、かろうじて日本国は降伏を受け入れ、外国と国交を回復して、多くの国民が生き残れた。

もしあの時、狂信的な「本土決戦」の一党に鈴木内閣が打倒されていたとする。その後は、私が連合軍の司令官だったら、「何もしない」行動を取ったと思う。後1年ほど封鎖して放置しておけば、日本人は90%が餓死か戦闘不能状態になっていただろう。いくら勇ましいことを叫んでいても、敵が来ないようでは戦争にならないし、もう飛行機を飛ばす燃料も、逃げ出す船舶もない、食料を食べつくして空腹になれば、仲間割れし出すに決まっているからだ。ただし、連合国内のアメリカとソビエト・ロシアの主導権争いはどこかでやることにする。

日本はあの最大の危機を乗り越え、生き残ったからこそ、今、口をきけるが、現在に軽率に核戦争を引き起こし、全員、あるいは99%が死滅してしまったら、どうするのか? 資源も貯金も、人間もいない、放射能まみれの国の言うことを、誰が聞いてくれるだろう。道端に打ち捨てられ、放置されるだけだ。

庶民は逃げることもできない

これは少し関係ないけど、戦争になったら海外に逃げる、という人に問いたい。
どこへどうやって逃げるのか?お金はあるのか?家や土地を売り払うとしても、戦場になるような土地に価値はないから、恐らく売れない。

某実業家みたいに豊富な資金力があって、自家用ジェットを持っている人なら、空港に行けばそのまま飛び立てるが、恐らく空港は人であふれかえっていて、通常人では脱出は不可能だ。逃げれる人はごく限られた人、つまり勝ち組だ。もちろん相当レベルの高い勝ち組でないと、すぐに日々のご飯に困るだろうから、本当に少数だけだ。テレビに出ている程度ではすぐに飯のタネに困るだろう。

我々のような「負け組」にもなれない庶民は、ここで死ぬことを覚悟するしかない。

そこまで考えて「日中衝突・開戦」を主張しているのか?覚悟のほどを聞きたい。ただの商業主義(このような記事を書くと売れるからという主義)に乗っかって唱えているだけなら、危険な行為であるから、国のため、皆のために、今後は黙るべきだ。

私は安心したいので、以上の疑問に明解に答えて「必ず日本は勝てます。勝てなければ私は腹を切ります」と言ってくれる人を望む。できればテレビか何かで明言してほしい。絶対にいないと思うけど。

以上の疑問と理由から、表面上は勇ましい人たちに同調して「中国何するものぞ」という意見に乗っかるのはやめた方がいいと考えている。

さて、打開策はあるのだろうか?