最近勇ましい主張が多いけど

すこしまじめに、常日頃思っている疑問を開示したい。
最近、中国脅威論が大きくなっている。私もそれは認めるのだが、不幸にも日中開戦して、日本が勝利する、と断言することは、なかなかできないと思う。逆に中国が日本に純軍事的に勝つ、というシナリオはいくらでも想像できる。

私自身は戦争ほど愚かな行為はないと考えているし、そもそも争い事は嫌いだし、なるべく避けた方が健全・賢明だと思っている。しかしそれでも、仮に、不幸にも日中開戦となれば、もちろん日本人だから日本の勝利を願う。そこで、開戦し、日本が中国に勝利する・勝利できる、と主張する人たちに尋ねてみたい箇所がある。できればこの愚かで臆病な疑問を解消する答を与えて欲しい。

まず一つ目は、日本は核兵器を持っていないが、中国はたんまり持っている。関西弁でいうところの「アホほど持っている」ぐらいだ。彼らが「核を使うぞ」と脅してきた時、どう対応するのか?日米安保条約があるから大丈夫だ、という意見はおいておく。他人をアテにしたり、ラッキーを期待するのはやめたほうがいいのは試験と同じだ。

アメリカにしたら、アメリカ国債をたくさん保有している日本が「消えてしまう」となると、借金を返さなくても良くなるから、中国の日本攻撃を見て見ぬふりをする可能性もある。

ミサイル防御の技術があるから大丈夫だ、という意見もあてにしていない。
私が中国の戦術家で指導部から「純粋に日本を破壊するためなら何をやってもいい」と言われたら、100発ぐらい、同時に撃つ。100発と限らず、通常ミサイルでもなんでも複数を同時に撃つ。原発でも大都市でも、近所に当たればいいから、無差別に、とにかく、たくさん同時に撃つ。

それに対応できるのだろうか。

まず無理だろう。今の核兵器の威力なら、1発当たっただけでその国は「終わり」だ。その後、中国が世界からいくら非難を受けたとしても、それが原因で第3次世界大戦になったとしても、日本人はほぼ死滅しているからもう何もできない。まさに、死人に口なしだ。

そんなことをしたら戦時国際法違反だからだめだ、も根拠にならない。
殺人はやってはいけないことだが、よく起きる。殺人者が後に法の裁き受けても、殺された人は帰ってこない。生き残れなかったら、自分の意見を主張することもできない。また戦争している国が狂気に走りやすいのは、歴史の示すところだ。

まずこの疑問に答えて欲しい。

日本は核兵器を使用できるのか

二つ目の疑問。
数々のもめごとをクリアした後、日本が対抗するために、核兵器をいくらか持ったとする。

その核兵器を日本人が使えるのだろうか?
峠三吉の「原爆詩集」、井伏鱒二の「黒い雨」、丸木俊・丸木位里の「ピカドン」など、恐るべき兵器である原爆を文学の題材にしてしまうような感性を持つ日本人が、いくら敵国とは言え、民間人で、この時点ではなんの罪もない乳幼児や老人を、アメリカがやったのと同じように、熱核兵器で焼き殺すことができるのだろうか?

アメリカと同じレベルまで自分を貶めることを、ご先祖様や、自分の良心が許すだろうか? さらには、もし仮にそんな野蛮なことをやってのけて、後、精神的に失調しない保証があるのだろうか?

映画みたいにどこかのダムを、例えば三峡ダムを狙い撃つから、焼き殺すわけではない、といっても、溺死に変わるだけだ。また他国に放射能をばらまくことを容認できるのだろうか?

そんな覚悟があるのか?

まだまだ疑問はある。
それは次回に回す。