1980年代の英語の教科書は頼りなかった

なんだかな~と思ったが、成績をあげるためには、これでは無理だ、仕方がない、似たような英文を作って書いて、それをノートに書いてもらい、声に出して暗唱する、次は見ないで書けるようになるまで練習し、同時に問題集を解く。当時の学校教科書付属の問題集も、本当に薄くて頼りなかった。

市販の問題集に、手製の問題も付けて、それを解くことを繰り返したら、成績はあがった。その子は喜ぶし、親には感謝されて嬉しかった。今度は数学も見てくれというので、高校入試まで結局付き合うことになって、彼女は志望校に合格した(女子生徒だった)。

数学の教科書は、学習の内容が出たり入ったりでも、問題の解き方自体がそんなに変わるものではないし、私は数学は割合得意だったので、私立の超進学校の入試ならいざ知らず、基礎から発展、公立の入試ぐらいまでなら、中学数学はラクなもので、やりやすかった。

だが、英語のこんな教科書は良くないな、まあそのうち復古するだろうと思っていたのが、ずっとそのままである。なぜこんな「会話重視」の風潮になったのか調べてみれば「国際化にともなうコミュニケーション能力を磨くため」になったという。また正式レッスンが減ったのは授業時間が減ったためでもあった。そのため補充のコーナーなら省略しても問題はない、と「逃げ道」を作ったのは、軍縮条約の補助艦の抜け道みたいだ。

「国際化」を目指すなら勉強量は2倍になるはずだが

どちらにしてもよくわからない話だ。相手の意志を読み取ることが「コミュニケーション能力を磨く」ことだと思うのだが、そのためには相手の表現方法をもっとたくさん知らないといけないはずだ。例えば、「これはいいですね」が This is very good.だけでは貧弱で、Who could wish more than this? ぐらいまで行って初めて「コミュニケーション能力」ではないのか?

同時に「国際化」を唱えるのなら、自国と他国の両方を知る必要があるから、まさに勉強時間は倍になるはずだ。なのになぜ授業時間が減るのだろうか?平凡人には理解不可能な所で、どうもわからないことだらけだ。

政府の方針を決める役人や有識者になる人は賢いのだろうが、その人は賢いからこそ、10を聞けば10を知り、11を考え付くのだろう。しかしそのへんの普通の人は10を聞いても、4ぐらいしかわからず、明日になれば、4が2から0になるぐらいの記憶能力しかない。

英語の勉強になるとまさに「異次元」「非日常」「不連続」であることが、賢く、家庭環境に恵まれていた人たちにはわからないのかもしれない。それとも授業時間が少なくなってしまったから、教科書の作りを変え、内容を少なくして、なんとか対応できるようにして「コミュニケーション能力の育成」を唄う有識者に答えるために、すり替えた官僚の苦肉の策だったのかもしれない。

あるいは理想と現実の妥協の産物だったのかもしれない。なんとも言えない。とにかくそういう状況が1980年代の英語教育だった。

その間私は色々な英語教科書を集め、英語学習参考書や文法専門書などを買ったり、図書館で読んだりして、英文を集め続け、ノートに写していった。法学部出身で、英語とは特に何の関係もない人間だったはずの自分が、なぜこんなことをしているのか、さっぱりわからなかった。しかし「しなければならない」とだけはわかっていた。