天の時、地の利、人の和

次は勉学の妨げになるものを思いつくままあげてみる。色々なものが妨げになるが、私が子供の頃、新聞は「受験戦争」などと称していた。武は凶なり、戦は大事なり。そういうわけで戦争に見立てて考えてみる。

では戦さをするときに心掛けないといけないものは何か? と問われたら、「天の時、地の利、人の和」と古来言われている。
しかしそもそも受験は天の時と地の利を選ぶことができない。高校入試の日はその人が生まれた日から約5800日後と決まっているし、通える学校は家から歩いていけるか、自転車か、バスか、電車か、どちらにしても通学時間は1時間より少ないところになるだろう。

となると、せいぜい「人の和」を乱さないことぐらいしか、対応方法はない。

しかしこの「人の和」が難しい。人は相対的な動物で、おまけに中学生・高校生は思春期真っ只中の人たちばかりだ。視野が狭い、と言い換えてもいい。特に最近は早熟な人や、SNSの普及で「耳学問」で育つ人も多い。

「人の和」を外に求めるなら、やはりまずは友人関係だ。中学高校時代に良好な友人関係を構築するのが一番望ましいことは言うまでもない。ここでは悪くはないが、特に良くもない場合を考えてみたい。

友人でも平等なら良いのだが、都合よく「使われている」場合は、相手に振り回されているので、自分の時間が取れず、勉強が進まないことも多い。また親・保護者は自分の子供より学力が上の子供が友達になって欲しいのだが、上の子供は下の子供を相手にしないことも多いから、そううまく行かない。

また自分が友人だと思っていても、相手は「知り合い」程度の認識の場合もあり、そのような時に大きく期待すると、反動でかなりショックを受ける。本当の友人とは、苦しい時に助けてくれる、助けてくれなくても、少なくとも傍にいてくれるか、見放したりしない存在のことだと、ご子弟には言い聞かせておくべきだ。そして自分が相手に対してそのような存在になっているか、なれるか、という厳しい見方も教えておかなければならない。

あまり友人には期待しない方が良いかもしれない

よって、中・高校生ぐらいの友人は「アクセサリー」程度に考え、他人頼りはやめにして、やはり自力救済の能力を高める、つまり「学力が上の友達」を探したり、そういう人が友達になってくれるのを待つのではなく、自分が「学力が上」になる方が結局は早く、現実的で健全だ。婚活で「年収1000万の相手」を探すより、自分が「年収1000万」になることを目指すべきだ、というのと一緒である。自分がそうなれば、「相手に捨てられる」危険性がなくなり、「自分が気に入らない相手を捨てる」ことも可能になるからだ。

時々、16歳~18歳までの「高校生でない少年たち」が事件を起こす。するとたいてい「中学の時の友達」が連れ立っている。恐らく彼ら・彼女らは、なんとなく15歳を超えてしまい、普通は高校などに通って「仲間をアップデート」するのだが、その機会に恵まれず、そのままの「友達や仲間」が、心や精神が幼いまま、体力的な力は強くなって変なことをしてしまうのではないか。

事件になるような馬鹿げた事は、普通は「友達や仲間」が止めるべきだが、その「友達や仲間」自体が子供のままであるから、むしろ同調し、面白がって、いっしょに行ってしまうのではないか、と推測できる。これは極端な例だが、わかりやすくもある。つまり実年齢に応じた精神年齢を高めることが友人関係構築にも大いに必要、という例として挙げた。心が幼い人がいつも悪いことや、馬鹿げたことをすると申し上げているのではないので、勘違いはしないで欲しい。

とりあえずご子弟に友人が少ないことを「悪いこと」ととらえるのではなく、「自分の時間がたくさん持てる良いこと」と親・保護者は考え方を改め、無理強いはしないようにする。そのうち良いのができるかもしれないし、できなくても孤独な作業を孤独にやり抜く、強い人間になれるかもしれないと思えば、焦りもなくなるだろう。