ノートだけでなく授業を理解しているのか親・保護者が確認するのが大切

さらに続き。

教科書や授業ノートなどを調べ直して、解答の仕方を研究し直す段階に入ったとする。で、ここが一番肝心なのだが、授業中に、担当の先生が何を言ったのか、よ~く思い出させることだ。テストを作るのは機械ではない。先生と言う「人」である。最近はAIが考えるかもしれないが、AIにデータを入れるのも人である。先生の発言の端々に、テスト対策の何かヒントがあったはずだ。

こればっかりは「目撃者」である、本人でないとわからない。 その本人を問い詰めて、記憶があるかどうかを確かめなければいけない。この時に何も覚えていないようなら、はっきり言って成績向上は望み薄だ。

ちょっと話が逸れる。
戦国時代末期 関東の覇者と言われた北条氏の棟梁 北条氏康は、有名な武田信玄と同時代の人だ。通称 北条早雲と呼ばれる英傑の孫にあたる。氏康の能力は、あの信玄との度重なる戦いで一度も負けなかったということでも相当高いことがわかる。国も富んでいた。結局武田氏は北条氏と婚姻政策で同盟を組むことで、戦いを収めざるをえなかった。長篠の戦で織田に手痛い敗北を喫した武田勝頼の正妻が北条氏の娘だった。

その氏康が、息子 氏政の食事の仕方を見て、「北条もわしの代で終わりだ」と、はらはらと涙を流し、嘆いた、という。側近が驚いて理由を訊くと、「今、氏政は、飯に汁をかけて喰うのに、1回では足りず、2回かけて喰った。人間が鍛錬すれば、1回の飯にどれだけ汁をかければよいか、すぐに判断できるはずだ。自分の飯の喰う量もつかめない者が、国を維持できるわけがない」と。

私がいつも考えている「非認知能力」の現代的なテーマだ。このブログでもそのうちに、「できるビジネスマンたち」などを例にあげて説明することになるだろう。どちらにしても戦国時代の北条氏康が、非認知能力という言葉や概念を知る由もないはずだが、すごい人は時空間を越えて、すごいことがわかる。

もっともこのエピソードは、氏康の非凡さと、氏政の凡庸さを強調するための後世の創作だ、という意見が多い。私もそう思うが、氏康が氏政に失望するようなことはよくあったのだろう。火のないところに煙は立たない、と言うから。

氏康は、信玄の上洛作戦の少し前に死んだが、その時にも信玄の体調を気遣う発言を残している。つまり情報収集は死ぬまでやめなかったという証拠だ。現に武田信玄は織田信長と対決する前に、病死した。歴史的な事実は残酷で、北条氏政の時代は、なんとか北条氏は保ったが、その息子の代で、有名な「小田原評定」で方針が決まらないまま、豊臣秀吉に滅ぼされ、領地は徳川家康のものになった。

授業を聞いていても理解しているのかまで確認する

我が子が、授業のことを全然覚えていないのなら、自分のやってきた子育ては、勉強に関しては失敗だった、と認める必要があるだろう。ただしあくまで勉強面に限る。しかし嘆いているだけだったり、叱って済ませるのではだめだ。子供の人生はまだまだ続く。対策を練って、方向修正を図るべきだ。

これからは授業をちゃんと聞くこと、理解ができていないが、塾に通ったり家庭教師が付くのが嫌なら、ネットにたくさんの授業動画があるから、それらを規則正しく視聴して、予習・復習をして、もしそれでもわからないなら、親・保護者に質問するとか、学校の先生に質問するとか、勉強のできる級友に頼んで(できれば報酬も渡して)教えてもらうとかを、指示し、互いに約束する必要がある。

私は別に馬鹿にしていたり、軽蔑しているわけではない。まるで北条氏康と氏政のように、多くの賢くて、立派な親・保護者に、なぜか出来の悪い子が育っているのを、たくさん目撃してきた。そういう家庭でも、特に親子の仲が悪くはないのも見てきた。要は親子の和があれば、なんとか困難は乗り越えられる、いつの世でも、思うがままにならないのが子育てで、常に冷静な現状認識把握から始まり、根拠のない期待は無意味で害悪、と申し上げたいだけだ。

こういう作業をすっ飛ばして、成績を上げようなんて考えているのが大半の中学1年生だ、と考えた方が良い。面倒だし、細かいし、なにしろ自分が「出来ない奴」であることを思い知ることになるから、この作業を嫌がる。もし小学校で雑なやり方で勉強していた癖がついている人は、もっと苦労するだろう。

親・保護者はご自分の子弟の問題集の解答の結果だけでなく、答え合わせの仕方、その後のフォローを、そして授業を聞いているのか、あるいは聞いていても理解できているのか、まで気を付ける必要が出てくるのが中学時代である。小学校の高学年で、できれば姿勢を転換しておいた方が、後々ラクだ。でないと中学2年半ばで行き詰まり、結局損をするのは、ご子弟であり、親・保護者である。

とにかく、中学1年でやることはとても多い。