「大粛清」とは何か
前半の前半のドイツの快進撃のウラの理由が、スターリンの「大粛清」だったと述べた。しかし「それ何だ?」という人に簡単に説明すると、権力を握ったスターリンは、自分の地位を脅かしそうな人にかたっぱしから「国家反逆」とか「スターリン暗殺」の容疑をかけて、粛清つまり殺害していったのだ。
中には無実でない人もいたかもしれないが、とにかく多くが殺されたり、辺境の収容所へ押しこめられ死んでいった。「安政の大獄」のパワーアップ・ワールド・バージョンで、暗黒の時代と言って良い。この時期のソ連に生まれなくて良かった。私みたいな文句言いは、あっと言う間に密告されて、良くてシベリアの収容所行き、悪くて裁判なしの処刑は確実である。
それは軍内部にもおよんで、歴戦の軍人≒人気のある人から粛清されていき、人材が完全に不足していたところを、ドイツ軍のこの「バルバロッサ作戦=電撃戦」の餌食になってしまったのだ。
軍隊経験がない指導者が口出しすると指揮系統がめちゃくちゃになる
スターリン自身は軍隊経験はなく(なかったと思う)、軍事に関しては素人だった。だから独ソ戦の開戦当初は慌ててあちこちに指令を直接出して、それが原因で余計に混乱した、と本書にはある。「指導者が狂うと全体が狂う」の良い例だ。
ヒトラーの方は「モスクワ攻略」のあいまいさはまだ露呈していないから、最初は余裕しゃくしゃくだったが、前半の前半の中盤ぐらいから前報告で述べた「情報不足」が効き出す。
「モスクワ攻略」を見送った最大の理由
「敵戦力の殲滅を成し遂げて、相手国を屈服させればそれでオッケー」がその時のドイツ軍の「勝利の方程式」だったことが、モスクワ攻略を見送った最大の原因だ。つまり前面にいるソ連軍を「殲滅」すれば、後は無人のロシア平原が広がるだけだ、そんなの楽勝だし~と考えていた。
で、ドイツのスパイたちはソ連軍は約200~250個師団と推測して報告していた。しかしドイツ軍の前に現れた数は、前半の前半で350個師団以上だったことが、誤算の第1歩だった。
無敵ドイツ軍ともあろうものが、なんでこんなことになっただろう?原因はドイツの諜報部員の甘さだった。スパイたちはモスクワにある政治資料しか調査していなかったと思われるのだ。このことは本書には書いていなかったから推測だ。諜報部員はそれなりに頑張って、ソ連政府中枢まで入り込んでいたのだろうが、戸籍まで調べる余裕がなかったのではないか?
もちろん現代のようにコンピューターで管理しているなら、ハッカー行為で一気に、短時間で取得できるが、当時は紙だし、そもそも革命騒ぎで重要書類は紛失したり紛れ込んでいたかもしれない。
現実には無数のソ連兵が次々と参戦してくる
でも現実には各地から徴兵されてきた青年たちが次々に銃を取り、スターリングラード、ミンスクなどの重要拠点を攻撃しているドイツ軍の前に、倒しても倒しても、それこそ「湧いて出て来る」かのように、どんどん出現してきた。中盤になるとシベリアにいた部隊=シベリア軍団まで登場してきたぐらいだ。
つまり戸籍は、中央ではなく、地方に分散して存在していたことになる。きっと中央には徴兵命令が法令に合致し、正当で有効であることを示すコード番号などだけを置いていたはずだ。これでは正確な人数を把握するのは不可能だ。
各地はそれぞれ行政権限を任された地方大統領がいて執務を取り、現在でもロシアには13人(だったと思う)の地方大統領がいる。これはロシアの伝統的な統治方法なのだと考えられる。なにしろロシアは広すぎるので。
そしてスターリンやモスクワにいる中央幹部からの命令、あるいは地方首長の自発的手段によって新兵の徴兵はスムーズに行われ、あっという間に補充された、と私は推理している。
情報分析が甘かった
だから、卑しくも諜報部員なら実数は不明でも、戸籍が存在することはキチンと確かめて「地方には戸籍があって徴兵されると人数が多くなるから注意されたし」ぐらいは報告しておくべきだった。あるいは人口が多いと思われる地方にも赴いて、どういう地方自治をやっているのか、観察するぐらいの熱心さがあってしかるべきではないか?
どんな国も首都や都会だけ見ていても、内実はわからない。現在、アメリカでの映像として、ニューヨークの映像が良く流れるが、ニューヨークだけ見ていてもアメリカのことがわかるわけがないのと同じだ。
織田信長は相当の能力のある、将校級の侍を各国の偵察に放っている。伝説では、羽柴秀吉や明智光秀もかり出されているぐらいだ。彼の気質にもよるだろうが、ここまで徹底しないと、戦国は勝ち抜けないのだろう。
「これは出ないだろう」というのに限って、よく出るのは勉強でも同じ。
猜疑心・疑心暗鬼というのはこういう時に使わなければいけないが、人は希望的観測というモノがとても好きで、それによって狂う。パンドラの罪はこの「希望」という感情を世の中に放出してしまったことだ。ドイツ軍は「希望」に砕かれてしまったと考えられる。
まだ続く。